前回は季語の成り立ちについてでした。
では季題と季語とはどう違うのでしょう。
それは本情或いは本意のあるなしと言われています。
(以下本情・本意をまとめて本情と書きます)
本情というのは古来から和歌によって日本人の記憶に刻み込まれてきたものを指します。
その言葉によって読者に何を思い起こさせることができるか。
それが日本人の共通の記憶であり、短い五七五の文芸である俳句において、季題だけでいろんな情景を想起させることができるものを言います。
この本情を持っている言葉。
言い換えれば古来から歌に詠みこまれていた言葉が季題であり、最近になって登場した季節感を持つ言葉が季語なのです。
ただ、俳人によっては季語と季題を区別せずにいっしょくたに使っている人もいます。
「季題」という言葉を時々使う人は季語と季題の言葉の意味を区別しているようです。
ここで注意すべきことは季題は読み手の記憶を想起させるものである以上、時代の変遷とともに本情が変わっていく可能性があるということです。
万葉集でこう歌われているだろう と言ってみたところで、それは教養に過ぎません。
その風習は現代では別の季節で行われているとか言うことになると、読者の想起するものは違ってきてしまいます。
そういう意味では本情は常に動いているのです。

