芭蕉の句の中で最もよく知られているのがこれです。
この句の何処が優れているかと言うと
・蛙は古来から鳴き声を歌に詠んでいた。それを初めて動きを詠んだ
・「山吹や」でなく「古池や」で始まっていること。
・「飛びこむ」という日常語を使ったこと
この3点が世間では高い評価を受けています。
蛙の動きを詠んだとというのは、その通りで、これまでの和歌の常識から外れた行為です。
後にこれと同じことをするのが正岡子規。
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」この句も古来、柿と言えば若葉か紅葉を愛でるものだったものを、初めて味に言及したという画期的な句です。
なお、蛙をよく知る人にしてみれば、蛙は音を立てずに水に飛び込むそうです。
もともと水に飛び込むのは逃避行動。音を立てては自分の存在を敵に知られてしまいます。
とすれば芭蕉が聞いた音は何だったのか?
山吹や というのは、当時和歌をを作るための手本書があり(今もあるのかもしれません)蛙を詠む時に付けるとよい言葉というのがいくつか書いてあるそうです。
山吹はその一つ。
しかし、芭蕉はあえてその本の教え・当時の常識には従いませんでした。
飛び込む という日常語を使ったところには、わび・さびの水墨画の世界があるそうです。
それまでの談林風ならば「飛んだり」として、躍動感や高揚感を顕したそうです。
この句が談林風全盛の時代であれば取るに足りない句ととらえられたのでしょうが、貞享3年春という蕉風が確立された時代の作と云う所にこの句の価値があるようです。

